今思えば、
あの一言が、ずっと引っかかっている。
妻は電話がつながった瞬間、
こう言った。
「スピーカーにするね」
僕に向かって、だった。
そのときは、
何も思わなかった。
むしろ、
隠す気はないんだと思った。
でも、あとから気づいた。
あれは、
僕のためじゃなかった。
間接的に、
「こっちはスピーカーにしてるよ」
と、男に伝えるための一言だったんじゃないか。
そう考えた瞬間、
胸の奥が一気に冷えた。
もしそうだとしたら、
あの電話は、
最初から“準備された会話”だったことになる。
僕が聞いている前提で、
言葉を選び、
空気を作り、
終わらせるための電話。
そう思うと、
怒りより先に、
虚しさが来た。
信じる側は、
何も準備していない。
疑われないように話す側だけが、
一歩先に立っている。
その構図に気づいたとき、
僕は初めて、
「これはもう、
説明の問題じゃない」と思った。
正しい言葉かどうかじゃない。
誠実かどうかでもない。
——これは、
人としての距離の問題だった。

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